もう先月の話になる。東京メトロのある駅で降りた時の事だ。ドアが開いて目に飛び込んできた壁のポスターに愕然とした。『広島に原爆を落す日』と大きな文字で書いている。この挑発的な、地下鉄利用者の多くに宣戦布告するようなメッセージは、「つかこうへい」が著した作品のタイトルであり、その上演にあわせてポスターが地下鉄の各駅に貼り出されているのだ。
『広島に原爆を落す日』の作品自体は昔からあったもので、それが最近また公演される事を知っている人には特に違和感はなかったかもしれない。しかし、私にとってはあまりに不快なタイトルであり、原爆の被害を受けた日本人なら絶対に考えつかないようなタイトルに大きな衝撃を受けたのである。ちなみに「つかこうへい」は在日韓国人である。
『広島に原爆を落す日』には主語がない。ポスターの意図は作品を読むか、劇を見なければ分からないが、タイトルだけで判断すれば、その主語は支那・朝鮮・韓国人だ。2011年の東日本大震災の後、韓国人はサッカーACLの試合で震災をお祝いします、という横断幕を広げたが、彼等は日本に破滅が来れば良いと本気で考えているのである。
今年は特に戦後70年という事で、左翼の側から様々な反日宣伝が続いている。そのような中で『広島に原爆を落す日』というメッセージをポスターにして日本人に伝えるのは、全くの侮辱行為であるばかりか、ある種の脅迫でもある。さすがに日本に原爆を落とせる国は限られているが、近々何かを起すぞ、という脅しのメッセージにはなる。一方で在日韓国人にとっては、実に溜飲の下がる痛快なメッセージであろう。
おそらく東京メトロの担当者は作品の内容や、そのような公演があると知っていてポスターを貼る事を認めたのであろう。しかし、何も知らない日本人が、どのような感情を持つか、思いをめぐらせる事が出来なかったのであろうか。
もし、東京メトロの霞が関駅の壁に『地下鉄にサリンを撒く日』と、タイトルがひときわ目立つポスターを貼るとすれば、東京メトロは承諾するであろうか。地下鉄サリン事件ではPTSDに悩まされている人もまだ居るそうだから、嫌な顔をするだろう。しかし、東京メトロは『地下鉄にサリンを撒く日』というポスターを、『広島に原爆を落す日』と同じ価格、条件で認めなければならない。でなければダブルスタンダードになってしまう。
子供の頃、共産党員だった親の影響で赤旗新聞を毎日読み、広島・長崎の悲惨さを繰り返し教え込まされてきた自分にとって、8・6、8・9というのは8・15同様、非常に特殊な響きがあり、厳粛な気持ちにさせるものだ。多くの日本人もそうであろう。広島・長崎の原爆を題材にする時は日本人の気持ちに配慮しなければならない。