安保法制が不成立の場合は国家分断のリスクが増大する

安保法制の振り子図

現在国会で審議中の安保法制とは、「アメリカは軍事力で日本を守るが日本は軍事面ではアメリカには協力しない」という従来の日米同盟から、すこしでも対等に近づくよう、軍事面での協力を拡大する法制度である。安保は安全保障の略であるが、政府は「平和安全法制」と呼んでおり、対象は自衛隊法のほか9つの法律の改正と「国際平和支援法」の新設である。

中国が太平洋の西側で制海権を確保しようと軍事力を増強しているなか、日米の軍事同盟強化は歴史の必然である。中国が尖閣諸島の領有権を主張し、しばしば日本の領海を侵している現在、安保法制の成立は不可欠の状況である。

仮に安保法制が成立しない場合でも、日米の同盟関係が解消されるわけではない。確かにオバマ大統領は昨年(2014年)4月の来日時に尖閣諸島は日米安保条約の対象であると述べている。しかし、アメリカが対中関係を悪化させてでも自国の若者を危険にさらして日本の尖閣を守るかというと、疑わしいところである。

安保法制が成立しない場合には、安倍外交による日米蜜月が終焉し、日米安保条約は現状のレベルから後退する事になるだろう。そして日本は集団安全保障の枠組みからは外れた存在となっていく。

そのような状況下では、中国の軍事力による脅威の前に、「核武装をしてでも自主独立を維持すべきだ」という主戦派と、「支配されてでも戦争の危機は避けよう」という和平派に国論が分裂する事になるだろう。前者と後者の政権交代が繰り返され、国政は混乱しやすくなる。どちらか一方につき進むリスクも、もちろんある。行きつく先は、戦争か、隷属か、という極端な状況だ。

下の図は、様々にあるリスクを簡略化したものだ。小さい円はリスクが限定され、大きな円はリスクが高いことを示す。

安保法制のリスク

個々のリスクについては、次の表にまとめてある。

リスク 安保法制
成立 不成立
軍拡リスク 軍拡 日本が集団安全保障体制に組込まれる事により、効率的な国防体制を構築できる。逆に集団安全保障体制に拘束され、戦前の日本のように自国の利益だけで軍拡をする事は許されなくなる。自衛隊の役割増大で軍備増強が必要となるが、青天井の軍拡リスクは低い。 米国の庇護を期待できなくなる恐れから、兵装の近代化や弾薬等のストック増加、艦船・航空機の追加導入など防衛費が増大し、軍拡が進む可能性が高まる。
核武装 核武装の可能性はない。 核武装の可能性は低いが、核武装論が勢いを得る可能性があり、米国の核の傘が信用できなくなれば核武装も現実的な課題となる。
徴兵制 徴兵制の可能性は極めて低い。 集団安全保障から外れ、中立の道を選択する場合には徴兵制が導入される可能性もある。
領土リスク 尖閣譲歩 日米同盟の強化により、米国の「尖閣は安保の対象」という立場が再確認され、中国に対する抑止効果が期待できる。ただし、尖閣諸島に対する中国の野心を消せるわけではない。 オバマの「尖閣は安保の対象」発言の本気度を探る中国軍(偽装漁民含む)の挑発が続く。武力衝突を恐れる日本政府や国民世論により、尖閣地域共同開発、中立化などの譲歩により主権を喪失するリスクが高まる。
水域縮小 中国の海洋進出は進み、危機は継続するが、中国海軍が米国を敵にまわすような軍事行動は抑制されることが期待できる。 中国の海洋進出を防げない場合には、武力衝突を避けるため排他的経済水域の縮小に妥協するリスクが高まる。対ロシアも同様。日米安保が残っていれば領土喪失の危険は低いが、日米安保が形骸化し、かつ和平ムードが支配的である場合にはいくつかの島を失う可能性がある。また、中国がベトナムなどに対して行なっているように、日本漁船が拿捕されるリスクも高まる。
沖縄独立 沖縄での基地反対運動が激化して中国による沖縄取り込みが進むというリスクは高まる。ただし日米同盟下で沖縄が物理的に中国に支配される可能性は極めて低い。 米海兵隊が沖縄からグアムなどに後退し、米軍が沖縄から消えるという事がない限り日本が沖縄を失う可能性は非常に低いが、中国が軍事衝突の脅しを背景に沖縄独立を画策するリスクは高くなる。
領土割譲 日米同盟があるなかで、日本が領土の一部を喪失するような可能性は低いが、北方領土は米国を無視して妥協する可能性もある。 米国が朝鮮半島からも撤退という事になれば、中国と韓国が圧力をかけて日本が竹島を放棄するというリスクが高まる。
戦争リスク 軍事衝突 安定した集団安全保障体制のもとでは軍事衝突のリスクは低い。 日本が米軍を支援しないのに米軍がリスクを冒して日本を守るのか、中国やロシアが確認のための挑発を活発化させるだろう。このため、中国による挑発行為から偶発的(中国側からすれば確信的な)軍事衝突が起きる可能性が高くなる。
朝鮮戦争 米国を巻き込む戦争となれば日本も参加する事になるが、米軍の存在により朝鮮戦争のリスクは低いまま。 現状を維持できれば朝鮮戦争のリスクは低いが、開戦となれば日本も攻撃対象となる可能性が高い。米軍がアジアから後退するようになれば朝鮮戦争のリスクは高くなる。
日中戦争 日米同盟の軍事的優位性から、日中戦争になる可能性は極めて低い。また、米中戦争も非現実的である。 現状のままでも日中戦争の可能性は極めて低いが、米軍の後退して軍事的バランスが中国優位に傾くと戦争のリスクが生じてくる。
米国の戦争 「アメリカの戦争に巻き込まれる」というリスクは、現状からは何も変化しない。ただし、実際に巻き込まれた場合に自衛隊が攻撃を受けるリスクは高まる。自衛隊員が砂漠でISISと銃撃戦をやるようなイメージを国民が持っているとすれば、政府の説明不足であろう。なお、日米安保弱体化の場合の日中軍事衝突リスクの方が遥かに高い。 リスクは日米安保強化の場合と同じである。ただし、後方支援の役割が限定される分、安全なエリアからの戦争参加となる。その分、資金援助が必要となろう。安保を解消した場合でも、ナチスを潰すような戦争であれば、金銭的貢献が求められるであろう。そもそも安保解消というシナリオでは、米国が日本と戦争するリスクも考えないといけない。
支配リスク 経済 中国市場の取り込みが日米安保弱体化のケースよりも不利になる可能性はあるが、そもそも中国ビジネス自体がリスクのある行為である。経済的に中国が日本を支配する可能性は低い。 中国の戦略は各個撃破であり、日中の経済紛争には単独で対処しなければならない。シーレーンを抑えられる事により日本の資源確保リスクが高まる。米国の睨みがないと、中国進出企業に投資している邦人企業の資産接収や従業員を人質にとるといった緊張事態のリスクも高まる。
日米安保 現安保法案は複雑であるため、米国側が過剰期待する場合に問題が生じる。また、憲法改正という政治リスクに直面する。 現安保法案が不成立でも日米安保が解消されるという事はないが、中国の旺盛な海洋進出と日米離間工作が進めば日米安保が解消されるというリスクもある。しかし、その場合は中国による第二列島線までの海洋支配を米国が認めるという事であり、可能性は低いが実現したら日本は深刻な事態に陥る。
属国化 対中属国化のリスクは低い。逆にアメリカの属国だという意見もあるが、片務的な安保体制を対等にする事により、むしろ自主独立の方向に向う。 中国の実質的な日本支配が進めば、経済、社会、軍事、文化のあらゆる面で属国化が進むことになる。