ルーツの時代

11月13日に発生したパリ同時多発テロの実行犯には何人かのフランス人がいた。正確にはイスラム系の国からの移民の子たちである。実行犯にはベルギー人もいた。首謀者はベルギー人であるとされている。そして、彼等もイスラム系の国からの移民の子たちである。

これらフランス人やベルギー人は、過激思想に染まり、そしてテロリストとなった。過激化してしまった原因については個々に事情があるのだろう。リベラルな方々は、移民に対する偏見や差別、そして貧困や失業という移民が置かれている問題がテロを生み出している、と主張している。個人のブログレベルではなく、新聞の社説レベルで主張されているのだ。

貧困や差別がテロの要因である事は否定しないが、イスラム過激思想が浸透する背景には、もっと本質的な問題がある。そして、それは絶対に取り除く事が出来ない根本的な問題である。それは、私たちも含め、個々の人間の出自、ルーツの問題である。

報道によれば、テロの実行犯たちはタバコを吸い酒も飲むなどイスラム教とは関係が無いような生活を送っていたという。それが、社会からの道を外れ、刑務所などで過激派の思想に染まっていったのだ。個人の思想信条の変化は推測するしかないが、自分達の出自がアルジェリアやモロッコなどのイスラム諸国であったという事は、当然大きな要因であっただろう。

移民の一世は、おそらくより良い生活を求めて移民し、移民先の文化や伝統を尊重しながら精一杯生きていく事が普通だろう。しかし二世、三世となると、一部の人たちは自分の出自を気にするようになり、さらにその一部が、祖国であるはずの国と祖先がいた国との間の歴史的な関係を意識するようになる。

「ルーツ」という小説がある。アメリカ生れの黒人作家が自分の祖先の足跡を辿る物語だ。テレビドラマ化され、日本でも放送された。何代にも亘ってアメリカに住んでいる黒人でも、アフリカとの繋りを意識したのである。

現代は情報化社会だ。親から子への言い伝えや、社会の中での継承以外に、過去の歴史はネットで豊かな情報が得られる。もちろん、戦争や宗教といった歴史的な対立も知る事が出来る。昔より、自分のルーツに目覚める機会が増えているのである。

すこし前に、「日本社会が右傾化している」と言われた時期があった。実際にはごく一部の現象に過ぎなかったが、保守的な思考を持つ日本人が増えたのは事実だろう。その背景にあるのは、自分が日本人であること、という自覚である。

日本には歴史的経緯から外国人のままの在日朝鮮人・韓国人が多数いる。すでに何代もの世代を重ねているが、蒸し返される歴史問題により、朝鮮人・韓国人としての強烈な意識を維持している。日本国籍を取得した者も多数(正確な数字は不明だが累計だと30万人以上)で、一般には日本人という自覚で生きているが、日朝、日韓の関係でそのルーツを意識する者も多いだろう。

日本に滞在する外国人の数はすでに200万人を超えており、帰化する人数も毎年1万人程度だ。中国人や朝鮮韓国人が多数であるが、今後はもとの国籍も多様化するだろう。

自分の祖先を強く意識する事は悪い事ではない。自分の祖先に誇りを持つ事も、むしろ重要だ。しかし、これだけ情報が発達した今日、過去の人種的・宗教的な対立や、支配・被支配の関係を乗り越える事はむしろ困難になりつつある。

これから先数十年は、ルーツを意識した者同士の対立が先鋭化する時代が続くだろう。日本も無縁ではない。