右傾化への第一歩~従軍慰安婦問題(1)

月日が経つのは早いもので、従軍慰安婦問題が世に出てから約40年になる。

この問題は、日本軍あるいは日本国政府が朝鮮人の女性を強制的に売春宿(慰安所)に連行し働かせていた、と一部の日本人が主張し始めた事に端を発する。1973年には千田夏光の『従軍慰安婦』が出版され、10年後の1983年には有名な吉田清治の『私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』が出版された。そしてその10年後の1993年にはいわゆる河野談話が発表された。そして、今年(2013年)はそれから20年の節目にあたる。

ネットで定説となりつつあるように、従軍慰安婦問題を拡大させたのは1992年の朝日新聞の悪質な記事である。宮沢喜一首相の訪韓直前の時期を狙い、日本国内での悪徳業者を取締りを指示する文書を、あたかも日本軍が朝鮮半島で朝鮮人女性を強制連行した証拠であるかのような記事を掲載したのである。

当時、多くの日本人がこの記事に騙された。私もその一人であり、日本軍が朝鮮人女性をセックス目的に強制連行した決定的証拠だと思ったものだ。その後、宮沢首相は韓国に謝罪を繰り返したが、当然だと思った。

日本人は正直な民族である。事実の前には全く弱い性格であり、決定的証拠があれば、弁解する気力は一気に萎えてしまう。そう、当時の日本は罪悪感の前に、ただただ恥じ入るだけで、相手の許しを乞うしかない状況であった。

宮沢首相による謝罪(この時点では強制連行の事実は確認していない)の翌年、河野談話が発表され、日本国政府が正式に慰安婦の強制連行を認めた形となった。一方、政府の調査結果では日本軍や官憲による強制連行の証拠は見つからず、論争の場は国内の言論界、そして国連へと移っていく事になる。

日本人は正直な民族である。証拠もないのに、相手をなだめるためにウソの謝罪をする、これはこれで苦痛である。しかも、結局は相手はなだめられなかったのである。証拠のない話に日本人が怒り始めた。従軍慰安婦問題は河野談話では収まらず、かえって世界中に拡大、拡散していく結果となってしまったのだ。

(続く)