アフリカ豚熱と武漢コロナウィルス

近年、アジア地域でアフリカ豚熱の感染事例が増えている。人には感染しないが、豚・猪に感染し畜産業に打撃となるため、日本の空港では摘発を強化している。「アフリカ豚熱」という呼び方は、別にアフリカを豚扱いにしているわけではない。日本国政府が公式に使用している用語であり、アフリカに対する差別ではない。

一方、武漢発のコロナウィルスや肺炎については、メディアも政治家も武漢ウィルス・武漢肺炎とは呼んでいない。発生地が明確で「武漢ウィルス」という表現が最も適しているにもかかわらず、中国への差別を助長するという理屈である。

しかし実際は差別的表現が理由なのではなく、中国共産党への忖度が最大の要因だ。

安倍政権がここ数年中国への忖度を強めている理由は良く分からないが、政府の過度な親中政策とメディアの伝統的態度により、武漢肺炎・武漢ウィルスは差別表現だという不思議な主張が平然とまかり通っている。

共同通信の「日本、中国批判声明に参加拒否」という虚報が平然と流されるもの、武漢肺炎とは呼べない政府の姿勢が背景としてある。

かつて秦の丞相が皇帝の前で鹿を馬と呼び、周囲の者にも馬と呼ばせることで自らの権威を示したという故事があるが、武漢ウィルスを新型ウィルスと呼ばせるのも同じ目的である。何かの呼称を決める行為そのものが、誰が誰より上位者であるのかを明確にする手段なのだ。中国共産党はCOVID-19という呼称を定着させ、武漢肺炎を差別用語扱いとしたが、それに従う事は中国共産党の権威に平伏するという行為である。

米国の政治家が時々「中国ウィルス」という表現を使うが、言葉の定義が国家間の力関係を反映すると理解しているからだ。「中国ウィルス」は露骨に政治的だが、「武漢ウィルス」は「新型コロナウィルス」よりも遥かに自然で中立的な表現である。2020年の歴史を正しく後世に残すためにも武漢肺炎・武漢ウィルスという表現をより多くの人に使ってもらいたいものだ。