ノアの方舟で有名なノアにはセム、ハム、ヤペテという名の3人の息子がいた。ある時、ハムの失態を理由に、ノアはハムの子であるカナンに対し、「下僕の下僕となれ」と呪った。聖書の創世記第9章の記述である。
呪いの内容は、カナンの父ハムが犯した罪のため、その子カナンの子孫が代々セム、ヤペテの子孫の奴隷となるべしと解釈されている。ハムの一族が北アフリカ諸民族の祖と見なされている事から黒人は先祖が犯した罪のために代々奴隷の身分であるという伝説が成立し、奴隷制時代の米国では「ハムの呪い」は黒人奴隷を正当化する根拠として語られていた。
先祖が犯した罪のため子々孫々まで呪われるという話は、キリスト教の根幹である原罪という思想に通じるところがある。様々な解釈はあるが、一般的にはアダムとイブが犯した罪を人類が引き継いでいるというもので、先祖の罪は子孫にまで及ぶという思想がキリスト教社会の倫理観に大きく影響していると言って良いだろう。
現在アメリカを席巻しているBlack Lives Matter運動は過激化の程度を強め、南北戦争の英雄達や建国の偉人達を非難し、奴隷貿易によって国家が成立したアメリカという存在そのものやアメリカ大陸の発見そのものを罪と主張するに至っている。そして現代を生きる非黒人に対して「黒人の命は大事」というプロパガンダへの服従を強要しているのだ。
つまり、かつて黒人の奴隷化を正当化するために利用していた論理と同じ論理でもって白人社会に対して贖罪を要求しているのである。しかし大きな違いがある。それは後者を煽っているのは黒人だけではなく、多くの白人も参加しているという点だ。
「ハムの呪い」は白人の世界だけの理屈であったが、奴隷性あるいはアメリカ発見という「罪」は白人自身に向けられた自虐史観である。キリスト教社会に長く深く根付いた「先祖の罪を逃れられない子孫」という思想は、自虐史観の強制という形でキリスト教社会そのものを蝕む要素になっているのである。