日本政府による対支那友好事業の失敗例とも言える日中緑化交流基金の事務局が今年3月末をもって閉鎖された。助成事業自体は平成30年度を最後に終了していたので、ニュースとして取り上げられる事もなくひっそりと消滅したという事になる。
同基金は小渕恵三首相が1999年7月の訪中時に提案して設立されたもので、日本政府からは100億円を超える資金が拠出された。最後まで日本側のみが資金を拠出した事実上の無償援助であった。
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設立当初の20年前と言えば、既に経済成長に伴う中共の覇権拡大が十分予見されていた時代である。とは言え本気で警戒していたのは保守層だけであり、大半の政治家や評論家は友好関係の確立と中共の国際社会への参加を支援する事で、世界平和に貢献すると考えていたような時代であった。
中共が2001年にWTOに加盟したのは、中共に対する甘い幻想が背景にあり、経済的な結びつきを強める事で中共が国際ルールに従うようになり、共産党独裁による専制政治が緩和されるという見込みであった。
そのような時代背景で開始された助成事業であるが、日本側の一方的なラブコールであり、実際には中共の対日工作を支援するものであった。具体的には、助成事業を通して日本国内の様々な親中組織の活動を支え、多くの中国共産党要員を日本国内の日中友好団体に潜入させ、人的交流を通して日本国内での親中派の基盤を固めてきた。
日本は植林事業により内陸の砂漠化阻止に貢献しようとしたが、中共は経済開発と軍拡を進め、感謝されないまま親中派日本人の自己満足に終わってしまった。日中友好は、日本国内の親中派を増やし、中共による日本の間接侵略の手段として利用されるだけなのである。